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2016年5月1日日曜日

愛国者を作る教育

2016年4月24日の亨進様の礼拝での祈祷を見て様々なことを感じたのですが、その中で、二世に対する私たち一世の責任というものを感じました。延長された摂理を担っていくのは間違いなく二世、三世たちとなっていくのでしょうが、自分自身、子女教育というものにおいて責任を果たし得ていないという思いがあり、亨進様の祈祷を通して、更にそのことに対して意識させられました。


いつだったか正確に思い出せませんが、亨進様が、子女教育について、高校を出たらもうあとは働きながらホームスクールのような形で勉強すれば良い、というようなことを言っておられたことがあったと思います。現実的な問題で、なかなかそう踏み切れないと思っていたのですが、今後そういったことを真剣に考えなければならないかもしれないと感じ始めています。

そもそも、戦後の日本の教育というものは、愛国者を作らない教育になってしまいました。それは、戦後アメリカが、日本がまた自分たちに報復、復讐することを恐れ、日本人を精神的奴隷とするためでした。それがそのまま今に至るまで続いてしまっているのです。アメリカをはじめ、自国の歴史教育で、自分たちを誇りに思えないような教育をする国はほとんどないと思います。それは歴史教育であって、歴史研究ではないのです。


例えばアメリカでは、7割の国民が、日本への原爆投下は正当なものであり、それによって結果的に多くの人命が救われたのだと考えています。それは、そのように教育しているからです。事実かどうかが問題ではありません。アメリカ人にとってアメリカは正義でなければならないのです。それが歴史教育です。歴史研究ではありません。

教育の方針という点でも、アメリカと日本はかなり異なるようです。少し極端な言い方をすれば、アメリカでは、初等教育や中等教育までは、知識中心ではなく、 愛国者を作ることを重点にした教育をしているそうです。それで、本格的な勉強は、大学に進んでからみっちりやれば良いというわけです。今でもそうかはわかりません。現状は、経済格差の教育への影響がかなりあるようで、別の問題も多く抱えているようです。

戦前の日本の軍国主義が、国を誤った道に導いたことは否定できない事実でありますが、愛国精神までも失った国はどうなるでしょうか?官僚を中心とした社会構造は、良心や大儀が失われればたちまち腐敗、堕落します。日本の官僚制度は、学歴による新たな身分制度を生み出し、民主主義とは呼び難い中央集権の国家を作ってしまっています。

愛国者を作る、というと右翼的な思想のように思えるかもしれませんが、国というのは家庭の延長でありますし、国を愛することができないのに、世界のためにということは言えません。そして、それは神を愛することにもつながります。 今の日本を見るならば、国を憂うということになるのかもしれませんが。

少し話がそれましたが、亨進様が今、聖書教育や、ブッシュクラフティング、武道などを中心として、若い世代の育成にも力を入れておられるのを見て、私たちもこれからの未来を背負う世代を守り、育むために立ち上がる必要があると感じます。私の周りでもそのような動きがあるのですが、亨進様の祈りを心に刻んで、できる限りのことをしたいと考えています。


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