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ラベル(エッセイ)が付いた投稿を表示しています

モーセとヨシュア、神が選んだ後継者

旧約聖書において一つの「巻」のタイトルともなっている人物、ヨシュアは、荒野で倒れたモーセに代わってイスラエルの民を神様の約束した地であるカナンへ導きました。ヨシュアがどのような路程をたどって、モーセの後継者となったのか、その道筋を追いつつ考察してみたいと思います。

家庭連合に見る「父は子の為に隠し、子は父の為に隠す」論語の呪縛

父親が羊を盗んだときに、その正直な子が父親を訴えたという話を聞いた孔子は、次のように語ったそうです。 「父は子の為に隠し、子は父の為に隠す。直きこと其の内に在り。」

九里聖地とナボテのぶどう畑

家庭連合はどこまで真のお父様(文鮮明師)を冒涜すれば気が済むのでしょうか?九里聖地売却決定の話は、心ある食口にとっても大きな悲しみとなったと思います。 私にはナボテのぶどう畑の話が想起させられます。

「十字架を背負う手伝いをしましょう」ミホ・パンザーさんの証し

ペンシルベニア・ニューファンドランド・サンクチュアリ教会の公式ページに掲載された ミホ・パンザーさんの証し の日本語訳です。  「十字架を背負う手伝いをしましょう」 2016年7月19日 ミホ・パンザーさんの証し

南米大陸リーダー、オリビエラさんの霊的体験の証し(日本語訳)

先日、南米大陸のリーダーとして任命を受けたギルソン・オリビエラさんのすばらしい証しが、NFLサンクチュアリ教会のフェイスブックに投稿されていますので、和訳してご紹介したいと思います。

ノースカロライナの青年とUC指導者に対するダン・ハッチャーソン氏の手紙(日本語訳)

今回のパンザー会長のニュースレター「Truth, not Emotionalism, Saves Lives」は、説教の要約がメインでしたので、そこで紹介されていた、ダン・ハッチャーソン氏の手紙の日本語訳だけを掲載します。

亨進様とダビデの路程

リチャード・パンザー会長が、「 亨進様とヨセフの路程(英文) 」( 日本語訳はこちら )というすばらしいエッセイを書かれていますが、聖書の中の一つひとつの物語には、天の摂理のエッセンスが込められており、現在の私たちの歩みの中でも、通じるものがたくさんあると感じます。 パンザー会長の域には程遠いですが、私も聖書に基づく一つのエッセイとして、「亨進様とダビデの路程」について書いてみたいと思います。

三位一体 - イエスは神ご自身か

非クリスチャンだった方(食口)がキリスト教を勉強すると、いくつかの問題にぶつかることがあるかもしれません。その一つが、 イエス様は神ご自身か? という問題です。原理講論を読めば、分かることではありますし、多くの賢明な皆様には「釈迦に説法」かもしれませんが、 キリスト教の歴史から見た観点 も含めて考えてみたいと思います。 クリスチャンの話や本に触れてみますと、そこでは必ず、「イエス様=神ご自身」という考え方があります。なぜならこれが、現在の「正統的な」キリスト教の教義の基本だからです。これは、 「三位一体」 という考えからきています。カトリックもプロテスタントも同様です。

聖書ことはじめ(旧約と新約、そしてキリストによって書かれた聖書)

聖書にあまり親しみのない人が、聖書を読んだり学んだりする場合に、何かいい資料はないかと探していたのですが、日本聖書協会の新共同訳の聖書の付録に、分かりやすくまとめられた解説がありました。その内容を少し紹介するとともに、それを通して感じたことなどを書きたいと思います。

キリスト教が中国で拡大し続けている事実が意味するもの

中国当局による「十字架外し」。しばらく前にNHKの特集でちらっと見たときに、そんなことが現代であるのか、というぐらいの印象でした。しかし、 産経ニュースの記事 を見て、その信者の数に正直驚いてしまいました。(以下、引用) 貧富の格差など社会矛盾の拡大にともない、中国では近年、キリスト教の信者が急増。 プロテスタントだけで1億人を超え 、総数8千万人の共産党員を上回ったとの推計もある。共産党員の中には理念を捨ててキリスト教を信仰する人も増えているという。(産経ニュース、「拡大する「十字架外し」 党員数越える信者に危機感」)

預言者エリヤの戦いとサンクチュアリアンの戦い

旧約時代の預言者エリヤは、非常に重要な使命を持った人物だと言えます。例えば、新約聖書のマタイによる福音書だけでも「エリヤ」の名前は9か所も出てきます。イエス様が変貌山で「最後のこと」について話し合ったのは、モーセとエリヤの霊でした(ルカによる福音書/ 9章 30-31節)。 皆さんよくご存じのお話しかとは思いますが、もう一度エリヤの話を吟味してみたいと思います。

疑問を持つこと、文鮮明先生の問い掛け

「疑問を持つ」ということについて、アメリカの、神学者であり教師でもある方の話を聞いて考えさせられたことがあります。その方によれば、ご自身もキリスト教の家庭に育ちながらも、子供の頃、キリスト教に疑問を持ったそうです。そして、キリスト教伝道者であった父親に「自分はキリスト教が真実なのかわからない」と話したところ、父親は「息子よ、それは素晴らしいことだ」と答えたそうです。なぜかと聞くと「それは、真実かどうかということに真剣だからだ」と答えました。そして、「自分自身で真実と信じるかどうか決めなければならない」と話したそうです。その後、彼は自分の疑問点を挙げて探求して行きました。そして現在、彼自身もキリスト教の教師として、生徒が質問に来ることを歓迎していると話していました。

愛国者を作る教育

2016年4月24日の亨進様の礼拝での祈祷 を見て様々なことを感じたのですが、その中で、二世に対する私たち一世の責任というものを感じました。延長された摂理を担っていくのは間違いなく二世、三世たちとなっていくのでしょうが、自分自身、子女教育というものにおいて責任を果たし得ていないという思いがあり、亨進様の祈祷を通して、更にそのことに対して意識させられました。

キリシタン大名、高山右近の生涯と亨進様

戦国の世に、十字架の旗印を掲げて戦い、死ぬまで信仰を貫いた武将がいたことをご存知でしょうか? 城跡公園にある高山右近の銅像 1564年秋、沢城(現在の奈良県宇陀市)で、その城主である高山飛騨守の家族、家臣たち150名が洗礼を受けました。その中に、長男で12歳の高山右近がいました。父である飛騨守自身も、その前年に洗礼を受けています。(参考書籍:「改訂新版 高山右近を追え!」著者:高橋敏夫、いのちのことば社フォレストブックス) 右近に関する記録は、 かなり少ないようです。時の権力者にとってキリシタンが不都合な存在であったことが多かったことが原因だろうと、この著者も書いています。そんな中で、右近の信仰が本物であったことを示すエピソードがあります。

UCI訴訟のその後

ブログが情報元なので真偽はわかりませんが、 ブログ「Religion Clause」の記事 (英語)によれば、昨年2015年12月24日に、コロンビア特別区上訴裁判所(District of Court of Appeals)が訴訟(家庭連合→顕進様)の棄却を覆したとあります。これは本当でしょうか?今となってはどうでもいい気もしますが、気になる人はいるかもしれません。何も情報が出ていないのは、係争中だとすれば当然ですね。もしかして和解でもするんでしょうか。

韓お母様に対するサタン直接侵犯の理由とは

韓お母様に対してサタンが直接試練した理由について、イエス様が直接サタンに試練を受けた、三大試練を通して考察してみたいと思います。 まず原理講論から引用します。原理講論には、イエスの40日断食祈祷と三大試練には、遠因と近因があったとして説明されていますが(P410から)、ここでは近因について引用します。

お父様の病室での出来事は、歴史的な大事件

これは、あくまでも私個人の推察、仮説であることを最初にお断りしておきます。 まず、こちらの日本サンクチュアリ協会のサイトに掲載されている、 「亨進様と国進様のみ言」 というページから、2015年12月6日に亨進様が語られた内容を抜粋します。

家庭連合は金の子牛の夢を見るか?

日曜日に、あるグループの礼拝に参加させていただきました。その方々は、元々は様々な事情で教会に直接つながることができなくなってしまった人を、ホームチャーチのような形でつなげ、ケアされていたところだったそうです。そして様々な出会いを通して、サンクチュアリにつながれたということです。余り詳しくうかがったわけではないのと、ここに書くのにはばかられる内容もあるので、詳細まで書けませんが、そのことだけとっても神様の奥妙な導きを感じる話でした。 説教も非常に聖霊に満たされたすばらしいもので、恵みが多かったのですが、その中から考えさせられ、気づかされたことをいくつか書きたいと思います。 それは、自分たちが信仰していたと思っていた真の父母様は、実は本当の真の父母様でなく、例えば 上位の幹部が自分たちの都合の良いように造った金の子牛 だったかもしれないということです。特に、2013年2月の基元節祝福後、それはいわば、「完璧な金の子牛」になったと言えるのではないかと思います。言うならば、「金の子牛の完成形」です。 家庭連合に残っているか、サンクチュアリ教会にきているか、はたまた他の分派活動と言われるグループにいるかに関わらず、 私たちはどれだけ真の意味でメシア、キリスト、真の父母様の姿を知っていると言えるでしょうか?

日本家庭連合の崩壊を予想する

家庭連合は、いつか崩壊するだろうと思っているサンクチャリアンは多いと思います。家庭連合内部にも、そう危ぶむ声が少なからずあるように感じるのは気のせいでしょうか? まず、「崩壊する」とか「つぶれる」とか言いましても、何をもってそうだと判定するのかという問題があります。例えば、日本家庭連合が法人格を取り消されるような事態になれば、団体として存続しても現実的な運営が非常に厳しくなるでしょう。また、会員数が極端に減るような事態が起これば、これもまた、運営上、厳しくなるでしょう。日本では特に、献金を生活の糧にしている公職者という存在が非常に多く、彼らを養うことができなくなるような状態がおそらくそのような「崩壊」という状態ではないかと思います。

江利川総会長と神山先生

江利川総会長の2016年3月27日の説教「統一教会を解体しなければなりません」 を拝見しましたが、2001年からの摂理的な流れを再び整理、確認することができました。感謝いたします。 2008年頃、お父様は國進様に「革命を起こせ」、亨進様には「精誠を尽くせ」と言われていたということです。(主語、述語が不明瞭でしたので、文脈からそのように理解しました。もしかしたらお二人に同じことを言っていた、ということかもしれません)お父様が「改革」ではなく「革命」という言葉を使っておられたとすれば、これは本当に「アージュ!」と言うしかありません。