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夜の神様とイエス様と真のお父様

半年ほど前に「 三位一体 - イエスは神ご自身か 」という記事を書いていました。 イエス様は神ご自身ではないとする原理講論の内容は知っていましたが、その記事でも引用したように次の箇所があることにそのとき気づきました。 「原理は、これまで多くの信徒たちが信じてきたように、 イエスを神であると信じる信仰に対しては異議がない 。なぜなら、完成した人間が神と一体であるということは事実だからである」 つまり答えはそう単純なものではないのです。また、夜の神様に関するお父様のみ言葉も引っかかるところでした。 その後、8月(2016年)にニューファンドランドのサンクチュアリ教会で行われた質疑応答の中で國進様と亨進様がこれに関連した見解を述べておられるのを見ました。

風森火山のブログ「 聖酒に対するサンクチュアリの対応に異議がある」という記事における誤謬

「風森火山のブログ」の記事「 聖酒に対するサンクチュアリの対応に異議がある 」における主張について、論じてみたいと思います。

江利川総会長の説教から考える「組織信仰」と「空気の支配」、そして真の血統

江利川総会長の2016年6月12日の説教 を視聴しました。 強く感じるのは、江利川氏のような、お父様(文鮮明師)と直接的に接してこられた方が、よくぞサンクチュアリに 残って 下さったものだということです。またそれは、逆に言えば、なぜ江利川氏以外にそのようなリーダーが出て来なかったのかということでもあります。 家庭連合は 「組織信仰」 だというようなお話も、説教の中でありましたように、家庭連合に残るリーダーたちも、結局そういうことだったということなのでしょう。

パンザー会長ニュースレター:文先生「オモニはいません!」

以下、サンクチュアリ教会NFL本部のニュースレターの抄訳です。  ニュースレターは、 NFLサンクチュアリ教会のサイト から、どなたでも購読できます。(Join Our Email List) わざわいなるかな、彼らは悪を呼んで善といい、善を呼んで悪といい、暗きを光とし、光を暗しとし、苦きを甘しとし、甘きを苦しとする。 イザヤ書/ 5章 20節 もし、あなたの片手が罪を犯させるなら、それを切り捨てなさい。両手がそろったままで地獄の消えない火の中に落ち込むよりは、片手になって命に入る方がよい。もし、あなたの片足が罪を犯させるなら、それを切り捨てなさい。両足がそろったままで地獄に投げ入れられるよりは、片足で命に入る方がよい。もし、あなたの片目が罪を犯させるなら、それを抜き出しなさい。両眼がそろったままで地獄に投げ入れられるよりは、片目になって神の国に入る方がよい。 マルコによる福音書/ 9章 43-47節 キリスト教は、歴史時代に数多くの人々と共に、悲惨な運命を開通しながら、真のオリーブの木を探す歴史を経てきたのです。真のオリーブの木は、すなわち神様の息子です。その息子が来れば、その方のエキスを受けて、枝をもらわなければなりません。(17-124,1966.12.11) (天聖経、地上生活と霊界、第6章 我々と霊界の立場、2) 審判と公認(証明書) 日曜日の説教の最初に、亨進様は、2012年7月16日(訳注:原文12日ですが16日の誤りと思われますので修正)の「アベル女性UN創設大会」でのお父様の講演を紹介されました。そこで、お父様は、突然原稿から外れて次のような率直な言葉を発せられました。

お父様のみ言と、イエス様のゲッセマネのみ言

前回の記事、 「文総裁の妻の位置もいません」お父様最後の講演動画(日本語字幕) でご紹介した、お父様(文鮮明師)のご発言を何度も読み、また、動画でも見てみました。  オモニを私が育ててきたよ オモニはいません。 文総裁の妻の位置もいません。 自分勝手にやっている!! 自分勝手に 聖和の49日前に語られたこの内容ですが、叱咤されるような、厳しい口調です。しかし、また、お父様の悲しみを感じたのは私だけでしょうか?イエス様のゲッセマネでのみ言を思い起こされました。

「文総裁の妻の位置もいません」お父様最後の講演動画(日本語字幕)

シャボン玉さんの記事「 ここで、まさかの、お父様のびっくり発言! 」で取り上げられた、お父様(文鮮明師)の衝撃のみ言の部分に、シャボン玉さん翻訳の日本語訳を字幕で追加してアップしました。 アベル女性UN創設大会(2012年7月16日 清心平和ワールドセンター )の基調講演の途中で、お父様が突然語られた、衝撃のみ言です。(詳細はシャボン玉さんの記事をご覧ください) 家庭連合は、これでも「真の父母は一つ」だと言い切るのでしょうか?

キリスト教が中国で拡大し続けている事実が意味するもの

中国当局による「十字架外し」。しばらく前にNHKの特集でちらっと見たときに、そんなことが現代であるのか、というぐらいの印象でした。しかし、 産経ニュースの記事 を見て、その信者の数に正直驚いてしまいました。(以下、引用) 貧富の格差など社会矛盾の拡大にともない、中国では近年、キリスト教の信者が急増。 プロテスタントだけで1億人を超え 、総数8千万人の共産党員を上回ったとの推計もある。共産党員の中には理念を捨ててキリスト教を信仰する人も増えているという。(産経ニュース、「拡大する「十字架外し」 党員数越える信者に危機感」)

メシヤは一人の男性である(文鮮明先生のみ言より)

 メシヤ(あるいはメシア)、再臨主は、一人の男性であります。一人の男性から始まって、父母になるのが順序であって、それ以外の女性も初めからもう一人のメシヤとして生まれたとするのは、真のお父様(文鮮明先生)のみ言からすると、到底受け入れられるものではありません。  以下、天聖経からの引用です。

疑問を持つこと、文鮮明先生の問い掛け

「疑問を持つ」ということについて、アメリカの、神学者であり教師でもある方の話を聞いて考えさせられたことがあります。その方によれば、ご自身もキリスト教の家庭に育ちながらも、子供の頃、キリスト教に疑問を持ったそうです。そして、キリスト教伝道者であった父親に「自分はキリスト教が真実なのかわからない」と話したところ、父親は「息子よ、それは素晴らしいことだ」と答えたそうです。なぜかと聞くと「それは、真実かどうかということに真剣だからだ」と答えました。そして、「自分自身で真実と信じるかどうか決めなければならない」と話したそうです。その後、彼は自分の疑問点を挙げて探求して行きました。そして現在、彼自身もキリスト教の教師として、生徒が質問に来ることを歓迎していると話していました。