2016年4月24日の亨進様の礼拝での祈祷 を見て様々なことを感じたのですが、その中で、二世に対する私たち一世の責任というものを感じました。延長された摂理を担っていくのは間違いなく二世、三世たちとなっていくのでしょうが、自分自身、子女教育というものにおいて責任を果たし得ていないという思いがあり、亨進様の祈祷を通して、更にそのことに対して意識させられました。
「すなわち、立って真理の帯を腰にしめ、正義の胸当を胸につけ、 平和の福音の備えを足にはき、 その上に、信仰のたてを手に取りなさい。それをもって、悪しき者の放つ火の矢を消すことができるであろう。 また、救のかぶとをかぶり、御霊の剣、すなわち、神の言を取りなさい。 どのような時にも、“霊”に助けられて祈り、願い求め、すべての聖なる者たちのために、絶えず目を覚まして根気よく祈り続けなさい。 」 エペソ人への手紙 6章14節-18節