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2016年10月7日金曜日

モーセとヨシュア、神が選んだ後継者

旧約聖書において一つの「巻」のタイトルともなっている人物、ヨシュアは、荒野で倒れたモーセに代わってイスラエルの民を神様の約束した地であるカナンへ導きました。ヨシュアがどのような路程をたどって、モーセの後継者となったのか、その道筋を追いつつ考察してみたいと思います。

モーセがレピデムのオアシスで岩を打って水を出した後、アマレク人との戦いが起こります。モーセはヨシュアに兵を率いて戦うよう命令しました。
モーセはヨシュアに言った、「われわれのために人を選び、出てアマレクと戦いなさい。わたしはあす神のつえを手に取って、丘の頂に立つであろう」。 
(出エジプト記/ 17章 9節)
そしてモーセの霊的協助もあって、ヨシュアは勝利を収めます。
ヨシュアは、つるぎにかけてアマレクとその民を打ち敗った。
(出エジプト記/ 17章 13節)
この次の聖句に注目していただきたいと思います。
主はモーセに言われた、「これを書物にしるして記念とし、それをヨシュアの耳に入れなさい。わたしは天が下からアマレクの記憶を完全に消し去るであろう」。
(出エジプト記/ 17章 14節)
つまり、神様が名指しでヨシュアに対してアマレクとの戦いの記録を聞かせるよう、モーセに指示していたというわけです。この時点で、ヨシュアはいわばイスラエルの兵を率いる将軍のような立場だったのかもしれませんが、この時からすでに神様から覚えられる存在だったことが窺い知れます。

次にヨシュアの名前が登場するのは、モーセが最初に主の山に登って十戒と石板をもらう直前の場面です。
ときに主はモーセに言われた、「山に登り、わたしの所にきて、そこにいなさい。彼らを教えるために、わたしが律法と戒めとを書きしるした石の板をあなたに授けるであろう」。そこでモーセは従者ヨシュアと共に立ちあがり、モーセは神の山に登った。彼は長老たちに言った、「わたしたちがあなたがたの所に帰って来るまで、ここで待っていなさい。見よ、アロンとホルとが、あなたがたと共にいるから、事ある者は、だれでも彼らの所へ行きなさい」。
(出エジプト記/ 24章 12-14節)
モーセは70人の長老たちと神の山に途中まで登りますが、神様は自分に会う(近づく)のはモーセだけだと指示していました(出エジプト記/ 24章 2節)。上の記述から、ヨシュアは長老たちがとどまっている場所から、さらに上に進んだと考えられます。もちろん、神様に近づくのはモーセだけとされていますので、ヨシュアは途中で待機していたと考えるのが妥当なところでしょう。

このことからもヨシュアは、すでにモーセと非常に近い関係にあったのであり、モーセが信頼していた人物であったと思われます。

そして、出エジプト記でもう一か所、ヨシュアが登場する場面があります。
人がその友と語るように、主はモーセと顔を合わせて語られた。こうしてモーセは宿営に帰ったが、その従者なる若者、ヌンの子ヨシュアは幕屋を離れなかった。
(出エジプト記/ 33章 11節)
モーセが幕屋に入って神様と対話する場面です。「ヨシュアは幕屋を離れなかった」とありますが、これは自発的な行動なのか、指示されたことなのかはわかりません。ヨシュアは幕屋に入っていたわけではないと思いますので、見張りでもしていたのでしょうか?モーセの従者として、特別な使命があったのかもしれません。モーセに代わって幕屋を守っていたのではないかと推測します。

ランフランコ「モーセとカナンからの使者」
そしていよいよ、ヨシュアにイスラエルを率いる権威を相続させることになります。その前にカナン偵察の話がありますが省略します。もちろん、カナン偵察で立てた信仰が大きな条件となったのは言うまでもありません。
モーセは主に言った、「すべての肉なるものの命の神、主よ、どうぞ、この会衆の上にひとりの人を立て、彼らの前に出入りし、彼らを導き出し、彼らを導き入れる者とし、主の会衆を牧者のない羊のようにしないでください」。主はモーセに言われた、「神の霊のやどっているヌンの子ヨシュアを選び、あなたの手をその上におき、彼を祭司エレアザルと全会衆の前に立たせて、彼らの前で職に任じなさい。そして彼にあなたの権威を分け与え、イスラエルの人々の全会衆を彼に従わせなさい。
(民数記/ 27章 15-20節)
ここで注目したいのは、神様が「神の霊のやどっているヌンの子ヨシュア」と言われていることです。原理講論で説明しているように、本来ならモーセが生きてイスラエルの民をカナンへ導くはずでした。しかし、神様はイスラエルの民が不信に陥ってしまう事態に備えて、ヨシュアを準備されていたのだと言えるでしょう。ヨシュアという1人の人物を中心に流れを追うことで、見えざる神の摂理がより浮き上がってくるような気がします。

そして重要なのは、ヨシュアは神様が選んだ人物だということです。彼が自分で勝手に後継者になったわけではありません。亨進様もよく言われます。自分で望んで後継者、代身者になったのではなく、お父様が決められたので、それに従うのだと。
ヌンの子ヨシュアは知恵の霊に満ちた人であった。モーセが彼の上に手を置いたからである。イスラエルの人々は彼に聞き従い、主がモーセに命じられたとおりにおこなった。
(申命記/ 34章 09節)
ヨシュアは後継者となりましたが、モーセの価値が失われたわけではありません。神様の摂理が途切れたわけでもありません。 ヨシュアはモーセに代わって十戒を守り、イスラエルの民を率いて行ったのです。亨進様も二代王となりましたが、お父様が王の王であることは永遠に変わりません。そして、亨進様はお父様の遺産であるみ言葉を守り、私たちを率いておられます。

家庭連合におられるみなさん、真のお父様は、韓お母様と共におられるでしょうか?それとも亨進様と共におられるでしょうか?中間はありません。お父様が九里聖地や、イーストガーデン、ベルベディアも売り払えと言っておられるのでしょうか?神様の、お父様の選んだ後継者が誰なのか思い出してください。



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