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2016年6月30日木曜日

風森火山のブログ「 聖酒に対するサンクチュアリの対応に異議がある」という記事における誤謬

「風森火山のブログ」の記事「聖酒に対するサンクチュアリの対応に異議がある」における主張について、論じてみたいと思います。


以下に問題の部分を引用します。
家庭連合の聖酒を飲んだら「堕落行為になります」だそうだ。

そして、マジか!?
「改めて祝福式や蕩減棒、3日儀式が必要になります」だそうだ。

たかが家庭連合の聖酒を飲んだだけで「堕落行為」になり、
「3日儀式」まで要求するとは。
(まあ、自分たちは理想家庭だと思い込み仮面夫婦で夫婦仲が遠のいている家庭にはいいかもしれないが。)

家庭連合にいる隠れサンクチュアリアンは飲めばいいではないか。
それこそ「口にはいるもの(聖酒)は人を汚すことはない」のである。
どうして堕落行為になるのか説明してもらいたいものだ、おっと突っ込みすぎか。
大した効果もないのは言うまでもない。
このブログの筆者、天宙愛国人氏は、以下の聖句を元に「異議」を唱えておられるようです。
口にはいるものは人を汚すことはない。かえって、口から出るものが人を汚すのである
(マタイによる福音書第15章11節)
さて、この聖句は、原理講論において、アダムとエバの堕落が「善悪を知る木の実」という文字通りの果物を食べたことによるものであるとするファンダメンタリストの説を否定する根拠の一つとして引用されております。そして、結論として、堕落は人間が神のみ言に背き、天使長と性行為を行ったことによるものであるとしており、それが人間の罪の根、原罪となったと論じているわけです。(注:原罪としたのは間違いでしたので、打消し線で削除しました。この文の趣旨は原理講論の「罪の根」に関する説明の確認であり、原罪を説明する意図は元々ありません。2016.7.11)

ここで、さらにイエス様がその後どのようにこのたとえを解説したかも見てみましょう。16節から20節です。
イエスは言われた、「あなたがたも、まだわからないのか。口にはいってくるものは、みな腹の中にはいり、そして、外に出て行くことを知らないのか。しかし、口から出て行くものは、心の中から出てくるのであって、それが人を汚すのである。というのは、悪い思い、すなわち、殺人、姦淫、不品行、盗み、偽証、誹りは、心の中から出てくるのであって、これらのものが人を汚すのである。しかし、洗わない手で食事することは、人を汚すのではない」。
では、いくつかの観点から、彼の主張の問題点を考えてみたいと思います。

聖酒式の意義から

統一教会の教義上最も重要なのが血統転換ですが、血統転換は、聖酒式と三日行事によってなされます。聖酒式は、原罪を持った人間が、神の血統に生まれ変わるための重要な儀式であり、すべての祝福家庭がこれを通過することになります。

お父様(文鮮明師)のみ言葉をいくつか引用します。
聖酒式は何をするものでしょうか。新しい愛を中心として神様の体を自分の体の中に投入させる儀式です。堕落した体は一つしかないので、神様の愛を中心として取り替えるのです。これが正に聖酒式だというのです。イエス様が、「パンは私の体を象徴するものであり、ぶどう酒は私の血を象徴するものなので、あなた方はそれをもらって食べ、飲まなければならない」と語ったのと同じように、愛を中心として、神様の実体を中心として、新しい血統を受け継いで原罪を洗い清め得る式です。この式を経ずしては、祝福の場に行けないのです。ですからこの式は、血統を転換させる式です。(35-215,1970.10.10)
聖酒には、父母の愛を象徴するものが入っています。そして血を象徴するものが入っていなければなりません。したがってそれを飲めば、父母の愛と一体になります。また血と一体になります。こういうものが聖酒の内容なのです。 (35-211,1970.10.18)
聖酒式は、堕落によって血統的に汚されたサタンの血を抜いてしまうものです。「言い換えれば、原罪を取り除く式だということです。(35-215,1970.10.19)
聖酒式と言うのは、文字通り、その儀式の中で神の血統を象徴する聖酒を飲むわけですが、これによってサタンの偽りの血統から、神の真の血統に生まれ変わることになります。再臨主を受け入れ、聖酒飲むという条件によってその人の原罪が清算されるわけです。原罪とは、言わば、神とサタンとの法廷闘争において、サタンの讒訴を受ける条件の有無によって決定される内容ですので、聖酒式による原罪の清算とは、言い換えればそれを通して原罪に関してのサタンの讒訴条件がクリアされるということだと言えます。

例えるならこういうことです。人間はアダムとエバの堕落のせいで、原罪を引き継いで生まれます。サタンは常に、そのことを神に訴えて人間たちは自分の子だと主張しますが、その通りなので神は何も言えません。しかし、ある条件でサタンの讒訴する条件のない無原罪のメシアが生まれ、メシアによって全人類を救うためのプログラムが始まるわけです。このメシアは、人間でありながら無原罪であるので、サタンを屈服させることができ、さらに全人類を神の子として復帰するための条件をサタンから勝ち取ります。それは、神だけではなく、サタンも認めるものでなければなりません。そうして神とサタンとメシアの間で取り決められた救済方法が、聖酒式をはじめとする血統転換の条件となったわけです。

さて、統一教会(家庭連合)の祝福を受ける際に、誰もが聖酒式を通過するというのは、前述の通りですが、真のお父様は、それとは別に、祝福家庭全体が特別な聖酒式を受けるように何度か指示されてきました。そして、本来ならば、完成段階の真の父母様の聖婚式が完了した基盤の上に、2013年の基元節において聖酒式が行われるはずでありましたが、完成段階の聖婚式は延期され、基元節を前にお父様は聖和されたわけです。ここまでは、サンクチュアリ教会の一方的な主張ではなく、従来からの教義とお父様のみ言による客観的な内容だと言えます。

元々、祝福家庭の立場というのは、長成期完成級を条件的に超えた立場でほとんど一方的な恩恵によって、条件的に与えられた「無原罪」 の状態です。その後は自分で完成までの道を行かなければなりません。祝福家庭は皆、完成期完成級を超えていたでしょうか。もしそうなら、何度も聖酒式を行う必要はなかったことでしょう。逆に、何度も聖酒式を行わなければならないほど、完成には程遠い状態であったということができるのではないでしょうか。

以上のような観点から、聖酒式の主体が神ではなくサタンとなった時に、それまでサタンに対して突きつけられていた、神側に血統転換したとする条件が無効になることによって、再び原罪を問われる立場に立つと考えられます。これは、見方を変えれば、神とサタンの間での人間の所有をめぐる闘争であり、契約であるわけです。偽りの聖酒式に参加し、聖酒を飲むことは、その契約を自ら捨て、血統に関してサタンの讒訴を受けないための条件を捨て去り、サタンの所有にもどる条件を立てることになるということです。

原理講論において、「善と悪とは、同一の意味をもつものが、相反した目的を指向して現れたその結果を指していう言葉なのである」とあるように、同一の意味をもつ「聖酒式」が本来の善の目的ではなく、悪なる目的を志向して現れた結果、悪の聖酒式となったともいうことができるでしょう。

罪の定義の観点から

次に、罪の定義の観点から見ていきましょう。

まず、原理講論おける罪の定義とはなんでしょうか。以下に引用しましょう。
罪とは、サタンと相対基準を造成して授受作用をなすことができる条件を成立させることによって、天法に違反するようになることをいう。
この定義からしますと、偽りの聖酒式によって、この条件が満たされるならば、それは罪となり得ると言えるわけです。

さて、統一教会(家庭連合)では、飲酒、喫煙は禁忌とされていますが、これは「口にはいるものは人を汚すことはない」という聖句と矛盾すると考えるでしょうか。よもや天宙愛国人氏がそのように考えて、飲酒や喫煙をされているとは思えませんが、同氏の論理を適用するとそうなってしまうのです。つまり、彼の論理には誤謬があると言わざるをえません。何故そのような誤謬が生じてしまったのでしょうか。

もちろん、飲酒、喫煙自体だけで、祝福家庭としての無原罪の立場を失うわけではありませんが、それは立派な罪(自犯罪)であります。

つまり、飲酒、喫煙の場合、口から摂取したもの自体が体内で直接罪を生じさせるではなく、その行為や動機などが罪となると言えます。

原理講論の堕落論におけるあの聖句の引用は、あくまでも食物そのものが堕落を引き起こしたとする寓話的なファンダメンタリストの考えを否定するためのものであります。それは、食べ物自体が体の中で何らかの作用を及ぼして、罪という結果をもたらしとするような寓話的考えのことなのです。

偽りの聖酒を飲むことが問題となるというのは、口から入ったその聖酒自体が体の中で作用して、化学変化によって無原罪の立場を失わせるというわけではないでしょう。そういう意味では、飲み物としての偽りの聖酒自体が、「人を汚す」わけではないでしょう。それは、神側への血統転換がそのようなものでないのと同じことだと言えます。

しかし、偽りの聖酒を飲むことで、サタンと相対基準を造成して授受作用をなすことができる条件を成立させ、天法に違反するようになるのであれば、それは罪であります。

お父様の正当な相続者、代身者

家庭連合は、お父様の正当な相続者、代身者が亨進様であることを否定するようになりました。私は、亨進様の主張を支持する立場ですが、両者が相手の背後にサタンがいるのだと主張しているわけですから、客観的に見れば、どちらかが偽りであるということになります。お父様ご自身が、「盗賊」であり、「地獄に落ちる」と断罪された三男派については論ずるまでもありませんので、敢えて言及しません。

家庭連合が正しければ、そもそもこの議論は必要なくなります。しかし、亨進様が正しいとしたら、亨進様の背後にはお父様がおられるのであり、亨進様はお父様と一体化されているというわけですので、亨進様が表明された内容は、お父様のみ言に等しいとみなすことができます。お父様が、現在の家庭連合の聖酒式は偽りであり、それに参席する者は祝福家庭でなくなると宣言されるとすれば、それを受け入れるしかないでしょう。

ですから、家庭連合の聖酒式に参加し聖酒を飲めば、祝福家庭でなくなるということを否定したければ、亨進様がお父様の正当な相続者、代身者でないことを証明し、韓鶴子氏が真のお父様と一つであることを証明しなければならないと言えます。
https://youtu.be/4TXf_fjnYvc

お父様が、アベル女性UN創設大会(2012年7月16日)で突然語られた、「オモニを私が育ててきたよ。オモニはいません。文総裁の妻の位置もいません。自分勝手にやっている!」というみ言についても、当然説明しなければならないでしょう。

そして、亨進様が正しいとするならば、当然ながら家庭連合の聖酒を受けるということは、お父様のみ言に背き、天法に違反することになると言わざるをえません。

イエス様のみ言

私の反論は以上ですが、最後に、せっかく聖書の話が出てきましたので、これについてもコメントしておきたいと思います。

イエス様は、「口から出て行くものは、心の中から出てくるのであって、それが人を汚すのである」と最初の例えを解説されました。イエス様は、言い伝えに固執して人を裁くパリサイ人や律法学者を戒めるために、このたとえをされました。イエス様が言われたかったのは、「心」が問題だということではないでしょうか。マタイ15章1節から読んでみれば、その文脈において、イエス様が伝えたかったことは、律法学者やパリサイ人が固執した慣習よりも、もっと大切なことがあるということであって、それこそ字面だけを取って詭弁をふるうような態度を諌めたかったのだと思います。

イエス様のみ言も、お父様のみ言も、結局は心でとらえることができなければ、その本当の価値を見出すことはできないのではないでしょうか。


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6 件のコメント:

  1. 誠にありがとうございます。
    理路整然としていて、美しさを感じる内容でした。
    感謝します。

    返信削除
  2. タルムード2016年7月1日 6:35

    質問させてください
    >再臨主を受け入れ、聖酒飲むという条件によってその人の原罪が清算されるわけです。

    サンクチュアリが主張されるお母様の毒酒を飲むことによって、(お父様存命中に聖酒式の儀式を経た)祝福家庭が、サタンの血統に転換したのであれば、それを証明できなければいけません。堕落したアダム(霊的存在ではなく実体の男性)によってサタンの種が繁殖されたのですから、今日の家庭連合の聖酒式には堕落した実体の男性(父の位置の実体=お母様の相対)がいなければおかしいのではないでしょうか?

    これまでの祝福家庭が通過した聖酒式には盃を渡す順番があります。
    この順番のなかで、その真の父の位置に(現在の家庭連合の聖酒式の時に)誰がいるのでしょうか?
    父の位置がハッキリしないのにそこに相対基準を結んだとは言えないのではないでしょうか?

    そもそも単に聖酒を飲むと言う条件で血統転換できるのであれば本来の聖酒式も複雑な儀式をする必要がなく、ただ聖酒を飲めばいいのではないでしょうか?

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    1. >サンクチュアリが主張されるお母様の毒酒を飲むことによって、(お父様存命中に聖酒式の儀式を経た)祝福家庭が、サタンの血統に転換したのであれば、それを証明できなければいけません。

      私はそうは思いません。
      あなたが祝福家庭だとして、あたなは自分が神の血統であることをどうやって証明するのですか。あなたが家庭連合の主張する基元節以降の聖酒式に参加しておれらるとして、それでもご自分がサタンの血統に転換されていないということを証明できるのでしょうか?

      >堕落したアダム(霊的存在ではなく実体の男性)によってサタンの種が繁殖されたのですから、今日の家庭連合の聖酒式には堕落した実体の男性(父の位置の実体=お母様の相対)がいなければおかしいのではないでしょうか?

      そのようには思いません。
      それは、あなたの想像にすぎないと思います。私は、偽りの聖酒式に参加し聖酒を飲むことで、本来の祝福による恩恵が剥奪されると捉えています。あなたのおっしゃるような存在が必要だとは思いません。

      >これまでの祝福家庭が通過した聖酒式には盃を渡す順番があります。
      >この順番のなかで、その真の父の位置に(現在の家庭連合の聖酒式の時に)誰がいるのでしょうか?

      サタンだと私は思います。

      >そもそも単に聖酒を飲むと言う条件で血統転換できるのであれば本来の聖酒式も複雑な儀式をする必要がなく、ただ聖酒を飲めばいいのではないでしょうか?

      申し訳ありませんが、何をおっしゃりたいのか質問の意味が良くわかりません。これは私の記事に対する質問なのでしょうか?

      削除
    2. タルムード2016年7月2日 6:24

      >サタンだと私は思います

      そのサタンが実体(肉体を持った)でなければ、お母様の祝福は無効(意味なし)、すなわち種がない存在のお母様がどんなに頑張ってもアダムの種の否定はできない。と言うことを言いたいのですが?

      祝福家庭が再び堕落アダムに相当する存在を受け入れない限り真のアダムの血統を犯すことはできないと考えます。人類歴史上初めて現れたアダムの種はそう簡単には奪われません。祝福家庭の女性はお父様の花嫁(妾)として心情一致した立場で原罪清算されているのではないでしょうか?
      祝福家庭がお父様を否定したとすればそれは祝福家庭としての立場をなくすでしょうけれど。

      >私は、偽りの聖酒式に参加し聖酒を飲むことで、本来の祝福による恩恵が剥奪される

      剥奪されるという根拠が乏しすぎませんか?
      ということをお伺いしたかったのですが

      反摂理的な家庭連合の主管下にあると言うことは毒酒を飲むことにより連帯的罪は負うとは思いますが祝福家庭の立場はお父様との情的関係を守っていれば維持されると考えます。実際、家庭連合は真の父母は一体だと言っており、独生女という言葉さえ殆どの食口は知りません。

      「天地人真の父母定着実体み言宣布天宙大会の講演文」では

      真の父母様の特別指示 のところに
      1・....祝福三日行事と蕩減棒式も完了する...

      となっており、実体復帰のための伝統的な祝福の一連の儀式の完了も語っておられます。

      この儀式を通過した祝福家庭が夫婦ともに堕落もせずお父様を信奉している立場で、単に毒酒を飲むことによってその立場が剥奪されるとすれば、その根拠を示さなければならないのではないでしょうか?

      お父様が立てられた祝福の恩恵の儀式は、複雑な過程を通過しますが、逆に再びサタンには侵入されない防護壁となっていると思います。

      http://tenseikyo.net/?p=3416

      削除
    3. >実際、家庭連合は真の父母は一体だと言っており、独生女という言葉さえ殆どの食口は知りません。

      これまで3回行われたサンクチュアリ対策の1デイセミナーを、全食口が受けるように指示されていたと聞いています。
      そこでも独生女という話はしていますし、もともとお母様のみ言として公的に公開され、印刷物にもなっています。教会に全く行っていないような人は別でしょうが、普通の食口なら知っているはずです。失礼ですが、あなたが現役の食口であることについて、甚だ疑わしく思います。

      その他のご意見については、私の考えは記事に示した通りです。
      それでご納得できないのであれば、致し方ないと思います。
      その他のあなたのお考えには同意しかねます。

      削除
    4. タルムードさんへ
      先のコメントに書いたように、あなたの「実際、家庭連合は真の父母は一体だと言っており、独生女という言葉さえ殆どの食口は知りません。」というコメントから、あなたが食口であることも疑わしいと判断しました。まじめな質問ならお答えしますが、ハラスメントと判断して、今後のコメントは無効にさせていただきます。

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