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2016年3月4日金曜日

なぜ「天のお父様」と呼ぶのか?

みなさん、はじめまして。

神様との関係をより深く見つめまたいっそう深めたいという思い、また、インターネットの「荒野」に出てそこで戦うことに意義があるのではないかという思いから、ブログを始めました。

さて、今回のテーマは神様を「天のお父様」「お父様」と呼ぶことについてです。多くの方がテーマとして論じておられるとは思いますが、重要な問題だと思いますのであえて書きたいと思います。ご存じのように家庭詐欺連合(二代王は最近ほとんど Family Fraud としか呼ばれませんので私も王に倣います。)は、神様の呼称を「天の父母様」に改めました。それが始った時の私の感想から書きます。

昔、修練会で祈祷の仕方の講義を受けたときに、「神様は男性格主体だから『お父様』と呼ぶんですよ。」などと教えられました。それ以来、これは皆さんも同じでしょうが、ずっと「お父様」と呼んできたわけです。違和感を覚えながらもそれに慣れようとしましたが、どうにも心情が入らないような気がして結局、違和感が解消されることはありませんでした。



さて、原理講論(創造原理)にも、

神は性相的な男性格主体であられるので、我々は神を父と呼んで、その格位を表示するのである。
神は本性相と本形状の二性性相の中和的主体であると同時に、本性相的男性と本形状的女性との二性性相の中和的主体としておられ、被造世界に対しては、性相的な男性格主体としていまし給うという事実を知ることができる。 
と、ありますね。

ところが家庭詐欺連合の批判ページを見ますと、次のように引用されています。

『原理講論』では、神様について次のように記されています。
「被造世界を創造される前には、神は性相的な男性格主体としてのみおられたので、…我々は神を父と呼んで、その格位を表示する」 『原理講論』p.47
②しかし、一方では「神は陽性と陰性の二性性相の中和的主体としてもいまし給う」(『原理講論』p.46)とも記されている。

ここではわかりやすいように、原理講論自体からの引用部分のみの色を変えてあります。なぜなら彼らは、別々の部分を都合の良いように並べ、その間に「しかし、一方では」などと書いてあたかもこの全体で一つの論理を展開しているかのような印象操作を行っているように思えるのです。ここが重要なポイント。詐欺連合の詐欺連合たるゆえんです。
この批判文だけを見た人は、間違いなく印象操作されることでしょう。本当に疑問に思って真摯に求める心のある人は、自分で原理講論を読みましょう。読んだことのないという方、少なくとも10回は読みましょうね。

余談になりますが、アメリカでサンクチュアリ教会を批判する家庭詐欺連合の人がいてサンクチュアリ教会の方とこの件で論争になったそうで、その批判者が「じゃあ今から40日間、原理講論を読む条件を立てる」と啖呵を切ったんだそうです。その結果、その方は「神様を天の父母というのはおかしい」という結論になったのだそうです。

人間から見て神様が親であり父母であるということは、まったくその通りですので、天の父母様と呼んでも間違いではないでしょうし、そう呼びたければ呼べばよろしいと思います。しかし、家庭盟誓まで変えて、そこにはあたかも「天の父母様」以外認めない、というような強い意志を感じざるを得ません。ある家庭詐欺師に「天のお父様」と呼ぶのは禁止されているのか?と尋ねたことがありますが、「禁止されているという話は聞いたことがない。」という玉虫色の回答をもらいました。でもあえて「天のお父様」と祈祷する人は、家庭詐欺連合にはいないでしょうね。周りの目が気になっちゃいますから。(「あ、あの人もしかして・・・異端?」みたいな。)

また、摂理的勝利があったので「天の父母様」と呼べるようになったのだと彼らは言います。しかし、百歩譲ってたとえそうだとしても、神様が「天の父母様」でしかないという主張があるとすれば、それには疑問を感じます。神様は「天のお父様」でもあるはずです。その背景に何があるのかを感じ取る必要があると思います。


最後に興味深い原理講義の動画をご紹介しましょう。
「統一教会 教義紹介  ⑦メシヤの認定 1/6 」




お父様が神と人間との関係を求められた結果、それは「父子関係」であると神様から答えをもらいました。このことを私たちは絶対に忘れてはならないと思います。
それは「父子関係」だったのです。




家庭詐欺連合に囚われている兄弟姉妹のみなさん、みなさんは自由です。「天の父母様」を強制されることはありません。自由に「天のお父様」に祈ってください。

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1 件のコメント:

  1. 当時はお母様の指示だからと、努力して「天の父母様」と祈ろうとしましたが、口が重たいというか、そうするたびに心が空しく感じてしまっていました。その理由が今は分かったわけですが…

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